尊厳死宣言について

なぜ今「尊厳死宣言」なのか?

私が看護師として勤務していた時に、寝たっきりの状態で寝返りも打てず声かけても全く反応もなく植物人間の状態で5年、10年と胃瘻チューブにて栄養補給をして命を繋いでいる患者様の看護を沢山してまいりました。

また、気管内挿管(いわゆる人工呼吸器)にて延命されている患者様の看護もたくさんしてまいりました。

特に心を痛めたのが17年前、実母の敗血症による緊急入院と気管内挿管でした。

口から大きな管を挿入され手足は動かないように縛られ2ヶ月間人工呼吸器にて延命し、その後他界しました。

私はつらい思いをさせたと後悔の自責の念しか残っていません。
そんなご経験をされた方が他にも沢山いられると思います。

当事務所では遺言書作成と併せて尊厳死宣言書を作成するという場面が非常に多くなっています。
身内が重篤な状態に陥り、回復が非常に困難な状態に陥ってしまったとき、貴方は愛する家族のために非常につらい選択を迫られることになります。

つまり延命措置を継続するか、それとも拒否するか。
それは、愛する人であればあるほど悩み深く、場合によってはその選択をしたことに深く後悔し、それを長く引きずってしまう。
そんな自責の念を私は17年間、今も抱いいます。
もし母がはっきりとした意思表示をしてくれていたら私はどんなに助かった事でしょうか。

自分のため、さらに愛する家族のため「尊厳死宣言書」として形に残される事をお勧めいたします。

私は20代の時から約30年間看護師・ケマネージャーとして病院、介護施設で勤務して来ました。
そんな折、身寄りのないご高齢者様や大病を患い判断能力のなくなった患者様に対し関わろうとしない家族等様々なケースを経験してきました。

例えば脱水症状で発熱、点滴すれば直ぐに症状が改善するのに家族の要望で一切の医療処置が行えず10日後に医師による死亡診断がなされたり、また逆に3ヶ月以上も延命処置を行っており「もう十分頑張られたから楽にさせてあげていいんじゃない。これ以上の延命処置は意味があるのか!」と思う事も多々ありました。

終末期の医療行為に関しては医師の病状説明後は本人の意思が最優先されます。
しかし認知症や大病を患って意思能力がなくなっている場合は家族の判断に委ねらる事になります。
私は医師の指示の下で医療行為を行っている最中「本人の意思は尊重されているのか?本人はこれで幸せなのだろうか?こんな時尊厳死宣言を公開されていたらまた、違ったのに」等々疑問を抱いたことが多々ありました。

決定的なのは私の母が敗血症で入院し、ある日突然、気管内挿管されていました。
母は相当きつかっただろうと思っていますが姉の意思だけが尊重されての医療行為であり家族の総意による延命処置ではありません。
その後母は2ヶ月間延命し他界しました。
2ヶ月間も気管内挿管をされて苦しかっただろうと私は思っていますが答えは母のみぞ知る事です。

ご高齢者様の殆どが何らかの病気があり介護を必要とされています。
この様な依頼者様に対し単に書類を作成するだけでなく元看護師としての経験を活かし病める方へ適切な助言やセカンドオピニオンの推奨等にてお力添えでき他の行政書士の先生型よりも寄り添えるのではないかと思います。

超高齢社会となり核家族化した現在、独居老人も増え寝たっきりや介護、財産管理、孤独死、死後事務等様々な問題が生じています。
この様な事に対し先々の憂いがないよう十分な備えを提供し、安心・安楽な老後と終末期、残された遺族が相続が争族とならないよう、お力添えが出来る事を目指し終活専門の行政書士として日々奮闘しています。